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バブルボーイの誕生とSCID治療の始まり

バブルボーイと呼ばれたデービッドの誕生

SCIDの治療は、通常、抗生物質が使われます。ある程度、有効ですが、ウイルス感染を防げるわけではありません。そのため、感染を繰り返し、体力も奪われ、徐々に重篤化しているのを見ている以外に何もできないのが現実でした。
骨髄移植が望ましいのですが、組織適合性の問題があり、骨髄移植はだれでもできることではありません。
1971に米国で生まれたデービッドの場合は、世界中で名を知られる有名なSCID患者になりました。
彼の場合、兄がSCIDでなくなっており、生まれる前からSCIDの可能性が考えられていました。
母親のX-X染色体の一方に異常があるため、男の子が生まれると、母親のX-X染色体の一方を受け継ぐので、正常な方を受け継ぐか、異常な方を受け継ぐか50%の確率です。
男の子はX-Yの染色体をもつので、Yは父親から受け継ぎ、母親からXを受け継ぐためです。
女の子の場合は、X-X染色体をもつので、父母両方からX染色体を受け継ぎます。母親から異常なXを受け継いだ場合も、父親から正常なXを受け継ぐので、SCIDを発症することはありません。ただし、次の世代へ異常な染色体を遺伝させる可能性があります。
そして、不運にもデービッドは母親の異常な方の染色体を受け継いでしまったのです。

デービッドの生活

医療チームは、デービッドが生まれると、まず無菌の保育器に入れられ、遺伝子の検査が行われました。
そしてSCIDであると診断されたわけです。
彼は、優秀な医療チームによって病原菌から守られて、成長していくことになります。
デービッドが成長するにつれ、無菌保育器は無菌テントになり、彼が外出するために、NASAは宇宙服のような無菌服を作りました。
デービッドは生涯外界と遮断された無菌の空間に住みつずけ、そのため、人々は彼をバブルボーイ・風船坊やと呼んだのです。
当時骨髄移植が唯一の望みでしたが、彼の姉との適合性はあまり良いとは言えず、医療チームは決断できなかったのです。
SCIDの全容が明らかでなかった時代には、致命的な病気を引き起こす病原菌から、できるだけ彼を遠ざけ、自然治癒の兆候がないか繰り返し検査をするのが、精一杯のことでした。
隔離はうまくいき、彼は健康に成長し、勉強にも友達と遊ぶこともできました。そして、12歳まで、順調に成長してきました。

医療チームを悩ました問題

隔離は成功して、ある意味で、すべて順調でしたが、前例のないこのような方法で、いつまでやっていくことができるのか、やっていくべきか医療チームにもこの先に対する不安が起こってきたのです。
デービッドが12歳という年齢になり、思春期を迎えつつありました。彼を生涯風船の中に閉じ込めておくことがはたして許されることなのか。
子供のときは、閉じ込めておくことはできても、彼の自我の発達とともに、医療チームも限界を感じ始めていたということなのでしょう。